最新の食品業界ニュースから気になった話題を定期的にピックアップし、食品衛生管理のプロの目線からコメントさせていただきます。
今回はゴールデンウイークということもあり、アサヒビール茨城工場に新たにオープンした「スーパードライミュージアム」についてお話していきます。

本日の時事食品ニュース

 

改めまして、皆様こんにちは。
高薙食品衛生コンサルティング事務所です。
ここだけしか聞くことの出来ない神髄中の神髄、
「プロが本気で教える衛生管理」を、毎日皆様にお教えしています。

アサヒビール茨城工場に「スーパードライミュージアム」オープン

少し前の話になるのですが、先日、アサヒビールの茨城工場に「スーパードライミュージアム」がオープンした、とのニュースが報じられていました。

アサヒビールは、「スーパードライ」ブランド初の常設施設となる「スーパードライ ミュージアム」を、茨城工場(茨城県守谷市)内にて4月20日にオープンし、体験ツアーを提供する。
無料試飲や、ビールの泡に文字や画像を描く泡プリンター体験などができる。
要予約で、料金は無料。(略)

今回は、この「スーパードライミュージアム」の何が凄いのか、について詳しくお話していきたいと思います。

新型コロナで苦戦したアサヒビール

ところで皆さん、話題のアレ、飲みました?
「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」。

350mlもといこれ専用の340ml缶ビールをプシュると、なんと蓋が全開。
そして、アワアワのまんまジョッキのような生ビールになるっていう、余りに画期的発明な新商品。
なんでもこのようなフルオープン缶は、日本ではビールはおろか飲料でも初なのだとか。(確かにまぁ、ジュースなんかじゃメリットあんまなさそうですもんね…)
そんな缶ビールの歴史を塗り替えかねない、スーパードライの、まさに未来進化形態が出たのです。

ところが、これが予想以上の大好評で、製造分はすでに速攻売り切れ。
今や6月中旬という再販売を待つ状態。
実はぼくも飲めていないのです…。

さて、そんなアサヒビールのスーパードライを製造しているのが、実はここ、アサヒビール茨城工場なのです。
この工場は、アサヒビールの全国8拠点ある工場の一つ、茨城県はその玄関口である守谷市。
雄大な利根川が流れるそのほとりに、1991年に建てられました。

そう、設立は1991年。
この年の持つ意味は、この後に関わっていくので、頭の片隅に置いておいてください。

さて、新型コロナウイルスの外出自粛、宴会中止によって、缶ビールの売上は高まったものの、しかしその一方で居酒屋などの飲食店に卸す業務用ビールの出荷数が激減した結果、変革と苦境にさらされているビール業界。
なかでも業務用ビールの販売ルート比率が元々高かったアサヒビールは、かなり苦戦を強いられているようです。

とくに最大の主力商品である「スーパードライ」の売上が低迷したのは、アサヒにとっては大きな痛手だった。
というのもアサヒは、競合ライバル企業らに比べるとその販売数量構成が大きく違います。

アサヒの場合、ビールが6割以上を占めている。発泡酒などは40%弱。
対して、最大のライバルであるキリンは、ビールは僅か33%。アサヒの約1/2であり、残り60%以上が例えば「本麒麟」のような発泡酒などの新ジャンルです。

このように、アサヒはビール、なかでもスーパードライの依存度がめちゃくちゃ高かった。
これが、アサヒがコロナで一人負けしてしまった最大の理由です。
運が悪かったとしか、言いようがない。

しかも昨2020年は元々東京オリンピックの年でした。
アサヒはそのオリンピックのゴールドパートナー企業の一つであり、インバウンド需要を大きく見込んでいたのです。
実際、昨年のアサヒの年初の経営方針は当初は、ビール一本というものだったというから、何をいわんや。

しかし。
そんな苦しい中で出した今回のアサヒの「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」は、彼らにとって暗黒の中の大きな希望となったことでしょう。

茨城工場から始まったスーパードライ伝説

「アサヒといえばスーパードライ」。
それを疑う人はいないことでしょう。
疑問の余地もなく、日本のビールの味と歴史を塗り替えたウルトラスーパーメガヒットビール。
先のようにライバル企業らが今や発泡酒をはじめとした新ジャンルへと舵切りしていることもあって、なんと今やビールの過半数のシェアを占めているというから驚きです。

そしてこのスーパードライこそが、アサヒを業界シェア1位の位置に登りあげるとともに揺るぎない地位を築かせたほかなる存在だったのです。

今でこそトップシェアを独走するアサヒですが、1980年代まで遡れば、アサヒは余りぱっとしない業界3位企業でした。
当時のアサヒはシェア率10%弱、絶対王者「キリン」はおろか2位の「サッポロ」には大きく水を開けられ、やもすれば4位の「サントリー」にも抜かされ転落しかねない位置にあったのです。

しかし1987年、春。
ここに大きな変革が起こります。
それはまさにビール業界の一大革命でした。
なんと、長らくトップの牙城に君臨していた「キリン」に対し、アサヒはついに「スーパードライ」という爆弾を叩きつけたのです。
そこから一躍メガヒットとなったスーパードライのサクセスは、大げさではなくまさに伝説として産業界に語り継がれるものとなります。

結果、アサヒは長らく頭上の存在だったサッポロを押しのけて2位に踊り出、そしてやがて1位のキリンをも蹴落とし、見事シェア率トップ企業となっていきます。
キリンといえば、当時、ビール業界不動のトップ。
三菱グループの営業ネットワークに守られたこの絶対覇者を落とすなんて、誰も、おそらくはアサヒすらも考えてなかったかもしれません。
キリンを抜いたとき、アサヒの社長は集めた本店社員の前で涙ながら皆に報告したと逸話が残されているくらいです。

とはいえ、当然ながら、各社とも黙って負けてはいませんでした。
キリンを含めた各社は、打倒アサヒとばかりに、こぞって「辛口」ビールの開発にいそしみます。
しかし、アサヒのし掛けた「ドライ戦争」に勝つことは出来ませんでした。

何故か。
いくつかある理由のうち、最大のものが、この「茨城工場」の存在です。
スーパードライを叩きつけ、業界に激烈な「ドライ戦争」を仕掛けた数年、1991年。
先にも出ましたね。
アサヒは当時、莫大な資金を投入してこの巨大な生産力をほこるスーパードライの一大製造工場を設立するのです。
それが他ならぬ、この茨城工場だったのです。

振り返り思えば、この茨城県の守谷市にアサヒがスーパードライの巨大工場を建てたのは、周辺地元民にとっても実に象徴的なことでした。
というのも、この当時、茨城県の玄関にして東京のベッドタウンであったのは、その隣町である取手市でした。
そしてそこには、キリンの大きな工場が古くからあったのです。
アサヒはしかし、すぐ隣の守谷市の当時新しかった工業団地に、工場を設立します。
そしてこの守谷市というのは、当時はそれほど発展はなかったものの、しかしやがて東京とつくば市を結ぶ「つくばエクスプレス」の開通によって、やがて廃れていく取手市にかわり「県の玄関口」として取って替わっていくのです。

ともあれ、アサヒによるドライ戦争の勝利がほぼ見えた1991年。
いまだバブルで湧いていた中、アサヒは多額の資金でこの工場を設立し、そこでスーパードライの製造を大規模に行い、その製造規模と製造量で圧倒的に他社を負かしていきます。
そこからアサヒはこの茨城工場を主戦場とし、経営資源を集中させ、ドライ一本ビールのみに特化するという経営方針を貫いて勝利していくのです。

そう、この茨城工場は、アサヒビールにとってはただの工場ではないのです。
そんなスーパードライサクセス伝説の聖地であり、勝利の戦場であり、そしてかけがいのない栄光の証であり、モニュメントでもあるわけです。

スーパードライミュージアムの何が凄いのか

さあ、ここ茨城工場はアサヒにとってはそんな聖地工場ですから、もちろん以前よりも工場見学には力を入れていました。
ですが、ここにきて大きくリニューアル。

新商品によってコロナによって落ち込んだ業績の回復を狙うとともに、スーパードライ神話をもう一度輝かせてみせよう。
そんなアサヒの思いを示すかのように、コロナ禍以降工場見学を無期延期しているところばかりの中、感染対策を万全にしつつ、また茨城県が緊急事態宣言対象外であったことから、常設の施設としてオープンしたのです。

さあ、どうでしょう。
このようにアサヒの歴史と茨城工場から始まったスーパードライ伝説を知ると、皆さんも興味が出てきませんか。
事実、天下のアサヒがこのコロナ禍で堂々オープンをさせるだけあって、めっちゃくちゃお金がかかってます。
マジで、めっちゃ豪華です。
ただのそこらの工場見学だと思わないほうがいいでしょう。

ではこの「スーパードライミュージアム」の何が凄いかを、これからお教えするとしましょう。

オシャレ空間感ハンパない

そもそも、このアサヒのミュージアムは、工場の製造棟とは全く別です。

静かに響くせせらぎと、豊かな緑。
そこにガラス張りのモダンな建物。
まず、バスから降りたその瞬間から、ここはどこなのだと驚くことでしょう。

そしてその思いは、場内に入るとより高まること間違いなし。
ていうかその余りのおしゃれ空間ぶり、非日常のライティングなどに、確実に、軽めにヒきます。
あれ?ぼくって、本当に工場に見学に来たんだよな?

映像クオリティがえげつない

まず見学の冒頭から、特設のシアターに誘導されます。
そしてそこで冒頭から、どーん。
これでもかとスーパードライのすさまじい映像を見せられます。

国内トップクラス企業がしっかり予算とクリエイターを使って作る、オリジナル映像。
そのクオリティたるや、はっきり言ってえげつない。
あと白石麻衣さんがめっちゃキレイでした。

工場見学じゃなかった

しかもそのシアター以外にも、様々なお楽しみ映像が各所で用意されています。
なかでも注目は見学のクライマックス、4面スクリーンを駆使した「スーパードライ ゴーライド」でしょう。
さながらジェットコースターのような気分で、ビールの最も重要な充填過程をスピーディ、スリリングに猛スピードで走り抜けることになります。
この最新鋭の映像施設は圧巻至極であるとともに、ぼくらにここでようやく重大なことを知らしめ、愕然とさせることでしょう。

あ。
これ、工場見学じゃなかったわ。
テーマパーク、アミューズメントパークだったわ、とね。

すげえ…
すごすぎるよ、アサヒさん。
そしてジョークが辛口するぜスーパードライ。
製造現場、見せないのかよ…。工場見学じゃないのかよ…。

展望ホールで飲む出来たてスーパードライが美味い

まあね、
言うても、そんなことはもう別にいいじゃないですか。
飲めりゃあいいよ、飲めりゃあよ。

見学(?)を終えて最後に到着するホールでいただけるのは、製造したてのスーパードライ。
作ったばかりのスーパードライ、そんなの飲んだことありますか?
これぞ、ビール工場見学の最大の醍醐味。
もちろん、それを堪能することが出来るのです。

もういいよ、工場見学じゃなくたって。
だってスーパードライ、美味いもの!
アサヒさん、あんたデカすぎるぜ…。

まとめ(と次回予告)

ここまで読んでいただけた方には、いい加減お気づきのことでしょう。
そう、
実はぼく、既にこの「スーパードライミュージアム」に足を運んでいるのです。

今回はほぼレポートのその前編、言うてみれば前説のようなものです。
というわけで、より詳しいレポートを次回お送りしたいと思います。

ちなみに、ぼくがこの「スーパードライミュージアム」に行ったのは実は先週土曜日、4月24日のこと。
同月20日にその存在を知り、早速予約の電話を入れたところ、この段階ではすんなり週末の予約を取ることが出来ました。
尤もゴールデンウィークに突入した今(2021年4月29日現在)どのようになっているかは知りませんが、近隣の方はこのお休み中に行ってみてはいかがでしょうか。
(注:茨城県・東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県・群馬県・栃木県・山梨県在住の方に限るようです)

以上、このように、このブログでは食品衛生の最新情報や知識は勿論、その世界で長年生きてきた身だから知っている業界の裏側についてもお話しています。
明日のこの国の食品衛生のために、この身が少しでも役に立てれば幸いです。

■□貴方の工場・店舗で悩んではいませんか■□
・どうやって防虫管理・衛生管理をすればいいか判らない
・今やっている防虫管理・衛生管理が正しいか判らない
・何か問題が発生したときの対応が判らない
・取引先や保健所の査察が不安だ
・でも余りコストもかけられない
だったら貴方が防虫・衛生管理のプロになればいいのです!

高薙食品衛生コンサルティング事務所にようこそ
  • 私達は、どんな工場、お店の方でも防虫管理・衛生管理のプロレベルに育成することが出来ます。
  • 何故なら、防虫管理・衛生管理のプロとは、基礎知識に加えて「正しい管理の仕組み」を作れる能力を持つ者のことだからです。
    この「管理の仕組み作り」を知るこそが、防虫管理・衛生管理のプロへの道なのです
  • そんな防虫管理・衛生管理のプロを育成し広めることで、日本の「食の安全安心」を、さらにより広く、より高くさせることが私たちの使命だと信じています
  • どうですか?
    そんな防虫管理・衛生管理のプロにあなたもなって、本当の「食の安全安心」を私達と一緒に広げていきませんか?