前回取り上げた、自然界最強の毒素を作る食中毒菌、「ボツリヌス菌」。
その恐怖のボツリヌス食中毒について、今回は追っていきたいと思います。
何故ならそこには、昭和日本の食中毒をめぐるドラマがあるからです!

なおこの記事は、前回、そして今回と二部構成…とまではいかないのですが、関連しての連続構成でお話させて頂いています。
(こちらはその後編となります)

改めまして、皆様こんにちは。
高薙食品衛生コンサルティング事務所です。
ここだけしか聞くことの出来ない神髄中の神髄、
「プロが本気で教える衛生管理」を、毎日皆様にお教えしています。

 

毒世界の範馬勇次郎「ボツリヌストキシン」

(こちらは二部構成…ではないのですが、一応「後編」の扱いとなっていますので、もしこの「後編」から来られた方は、まずは「前編」を最初に読んでください。)

さて。
前回のお話の主役であった、毒世界の範馬勇次郎、ボツリヌス毒素こと「ボツリヌストキシン」。
これは食中毒菌として知られるボツリヌス菌の作る、自然界きっての最強毒です。

そんなボツリヌス毒素がいかに怖い存在であるか、は前回で散々書いてきましたので、そちらを読んでいただくとして。

今回はそのボツリヌス食中毒が、この日本において、どのように取り扱われてきたかのお話をしたいと思います。
というのも、そこには日本だけのボツリヌス菌と関わる独特のドラマがあって、しかもこれが実に面白いのです!

なので、今回はあまり前置きもそう置きませんので、どうぞその醍醐味に触れてみてください。

昭和の北海道を襲った謎の怪事件

1951年、日本。
朝鮮戦争の勃発による特需景気が湧き上がり、サンフランシスコ平和条約を結ぶ直前のこと。
北海道は岩内町、この当時は岩内郡島野村でしたが、日本海に面した漁村で54歳の女性が急死したことが、その始まりでした。
死因は、不明。
医師の診断書には、当時やむなく 「脳栓塞」と書かれることになりました。

親族などによって、まもなく葬儀が執り行われます。
そしてその後、彼女が一口だけしか食べずに死去してしまった最後の食事であるニシンの「いずし」が、親族や出席者たちに配られることになりました。

「いずし」とは、北海道の郷土料理です。
現在の寿司の原型であるとされている「なれずし」の一種であり、つまりは発酵食品です。
いずしには、ニシンや鮭、ハタハタ、マス、カレイ、アユ、ホタテ貝、などなど、海産・淡水問わず様々な魚介類を用います。
それらをまず切り身にし、水に晒した後、刻んだ大根や人参、キャベツなどの野菜、そして米飯、コウジ、調味料と一緒に樽に漬け込みます。
そして上から重い石を置いて発酵させ、作ります。

さて、この葬儀に出席した人たちやその家族ですが、なんと。
この語、次々に具合が悪くなり、23人が倒れることになります。
しかもそのうち3人は彼女と同様、急死してしまうのでした。

毒、だ。
きっと彼らは皆、毒殺されたのだ。
そうに違いない。
小さな村に、そんな噂がまことしやかに走り広がります。

事件を追う二人の名博士達

この「いずし」による死因を疑った管轄の保健所は、北海道衛生研究所に調査を依頼します。

北海道大学、微生物学。
農業の研究で知られている通称「北大」の、その微生物学の教授であり、かつては細菌学の権威と誉れ高く呼ばれていた中村豊博士が、そこにはいました。

中村博士は直ちにこれを、食中毒によるものだと目星をつけます。
最初に彼が疑ったのは、サルモネラ菌でした。
ですが、これは陰性に終わります。

しかし、ここにはもうひとりの名博士がいました。
共同研究者であった飯田広夫博士。
彼は、ここに嫌気性菌の存在を見つけるのです。

「嫌気性菌」というのは、酸素をいやがる菌のこと。
「いずし」を作るには、樽の中への漬け込みが必要です。
この際、樽の中は重い石に封され、嫌気状態になります。
その発酵段階で、何らかの嫌気性菌が増殖したのではないか、博士はそう考えました。

しかしながら、戦後まだ間もないこの時代の施設では嫌気性菌を培養するのが非常に難しかった。
二人の博士は散々苦労しながら、ようやく目星のついた菌の分離に成功します。

日本には存在しない菌

ところが、です。
分離に成功したこの菌が、一体どんなものなのか、当時は全くわからなかったのです。

もしかして。
いや、もしかすると。
これは、もしかすると「ボツリヌス菌」なのではないか。
微生物学のプロである二人の脳裏にそんな疑いが浮かぶまで、それほど長くはありませんでした。
しかし、です。
そんなわけはない。
だって、そのことはこれまでの日本の細菌学の常識を大きく覆すような話だったからです。
というのも、日本においては、ボツリヌス菌はそれまで存在していないと思われてきたのです。

そう、食中毒史上の最強毒と恐れられてきたボツリヌス菌ですが、実は日本にはそれまで存在しないだろう、とされてきたのです。
というのも、これまでボツリヌス菌の食中毒というのは、1件たりとも報告されたことがなかったのです。

確かにこの事件が起こる15年前、まだ太平洋戦争が起こる前、アメリカに輸出した日本産の缶詰にボツリヌス菌が疑われたこともあったのですが、しかし徹底した調査の結果、各工場においてボツリヌス菌の発見はされませんでした。
これらのこともあって、日本にはボツリヌス菌は存在しない、というのが通説だったのです。

さあ、そんな状況ですから、これがボツリヌス菌だとするのは、その通説をひっくり返すかの話。
日本の細菌学史上、ないとされたものが、本当にここにあるのだろうか。

日本初のボツリヌス食中毒はレア菌だった!?

それと、もう一つ大きな問題がありました。
これをボツリヌス菌だとするには、比較検証検査が必要です。
しかしそれが、出来なかった。
というのも、比較検証のためのボツリヌス菌が手にはいらなかったのです。
何せ、日本には存在しない、とこれまでされてきた細菌です。普通に考えて、そんなものを持っている必要がありません。
よってボツリヌス菌を持っている研究機関は、当時の日本にはなかったのです。

では、ここでもう少しボツリヌス菌について、踏み込んだお話をするとしましょう。

このボツリヌス菌というのは、産生毒素によって7つの種類に分離されます。
それぞれ「A型」からアルファベット順に、「G型」まであります。
このうち、人間に害を与えるのは、4つ。
A型、B型、E型、F型、です。

このうち、「F型」というは世界的にも、かなりレアで、これらの当時には発見されていませんでした。
昔からヨーロッパやアメリカなどで知られていたのは、「A型」と「B型」でした。
そしてこの「A型」「B型」に関しては、日本には存在しない、とこの当時は考えられていたのです。

さて、これらを踏まえて。
二人の博士が、ボツリヌス菌であることを突き止めるためには、当時、A型、B型、そしてこの当時ようやく発見されたばかりの「E型」についての比較試験が必要でした。

実は、A型、B型については、割と早く入手の目処が立っていた。
というのも中村博士の実弟が東京大学伝染病研究所の所属博士だったのです。
そのツテで、これらについてはなんとか入手することが出来ました。

しかし、問題はE型です。
というのもこのE型はこの当時、ようやく発見されたばかりで、これを持っている機関が日本にはなかったのです。

そこで困った博士達は、アメリカのカリフォルニア大学に連絡を入れることにしました。
ここには当時ボツリヌス菌の新型であるE型菌を発見したばかりで名を高めていた、ボツリヌス菌の世界的に高名なマイヤー博士がいたのです。
マイヤー博士はすぐに、その対応をしてくれました。

到着した菌との比較検査をした中村博士らは、驚くべき結果に遭遇します。
なんと、「いずし」から分離した細菌は、これまで日本には存在しないとされてきたボツリヌス菌であり、しかもマイヤー博士がカリフォルニア大学での研究で発見したばかりのE型菌だったのです。

これが、日本において最初となるボツリヌス食中毒でした。
と同時に、当時新たに発見されたレアなE型菌による世界でも6番目の食中毒となったのです。

いずしでのE型ボツリヌス中毒大国日本

このボツリヌス菌の発見は、当然ながら大きな反響を呼ぶことになります。
なにせ、これまでは日本には存在しないとされてきたボツリヌス菌が、実は存在する、ということになったのです。

しかし、それが知られるようになって、改めてカルテなどをさかのぼってみると、実はボツリヌス食中毒ではないか、といった症状が各地で見られるようになります。
そして北海道や東北地方などで、ぽつりぽつりと、ボツリヌス食中毒が発見されるようになっていくのです。
とくに最初の事件と同様、「いずし」が問題となることは、当時かなり多かったと言われています。

そしてその後。
これらが研究され、明らかになっていく中で幾つかのことが判明していきます。
まず、日本で起こるボツリヌス食中毒は、E型が極めて多いということ。
事実、今現在まで日本国内でのボツリヌス中毒のうち、A型、B型中毒というのは数えるくらいしか起こっていません。
(辛子蓮根でA型の、輸入キャビアでB型の食中毒が起こったことが有名ですが)
そして国内のうちの残る90%以上が、つまりは日本で発生してきたボツリヌス中毒のほとんどが、E型ボツリヌス中毒です。
と同時に、そのことは日本が実は世界で一番のE型ボツリヌス中毒多発国であるということでもあるのです。

しかもその原因は、少なくとも90年代なかばくらいまでは、この最初の事件と同じ、「いずし」であることが極めて多かったのです。
例えばこの北海道をはじめ、青森、秋田、岩手、などなどでいずしのE型ボツリヌス中毒が起こっているのです。
つまり、E型ボツリヌス中毒最多発国である日本では「いずし」がヤバい、という図式が成り立ったわけです。

そもそも「いずし」は、北国ならではの発酵食品です。
そしてこのE型ボツリヌス菌というのは、他のボツリヌス菌に比べて、低温が好きなのです。
何せ至適増殖温度は20~30℃、そして4℃以下でも増殖します。
北国で作られるいずしは、その意味でもボツリヌス菌の増殖に適しています。

そもそもいずしは、乳酸菌によって発酵をすすめる発酵食品です。
つまり一般的な漬物同様、自然発酵によって乳酸菌での発酵を促します。
そうすると乳酸菌はいずし内で乳酸を生成し、pHをぐんと下げさせることになります。
するとpHが4.0くらいまで下降し、ボツリヌス菌は繁殖しなくなります。
しかしこの乳酸菌の繁殖がよくなかった場合、ボツリヌス菌が増えることになります。
かくして、いずしでのボツリヌス食中毒が起こるようになるのです。

ただし、E型菌は、ヨーロッパやアメリカで古来問題となっていたA型やB型に比べると、毒素をあまり産生しません。
また何より、それらに比べると毒素も低いと言われています。

抗毒素治療によるボツリヌス食中毒の克服

さて、先のとおり飯田博士がボツリヌス菌を発見してから8年後の話。
1959年にも北海道内で、これまたいずしによるボツリヌス食中毒が発生しました。

飯田博士はその際、カナダから入手したという抗毒素血清を患者に投与し、治療に成功します。
これまで死亡率の高かったボツリヌス食中毒が、抗毒素血清によって命を救えたのです。
博士は、すぐにでもボツリヌス食中毒対策として抗毒素治療を導入すべきだ、と訴えました。
というのも、E型ボツリヌス菌はこの抗毒素治療の効果が非常に高いのです。

そして、それから3年後。
1962年の6月、やはり北海道で、これまでにない大規模なボツリヌス食中毒が発生します。
ここではは「きりこみ」が原因でした。

きりこみ、というのは、これも北海道の郷土料理であり、刻んだ魚を漬け込んで作る塩辛のような発酵食品のこと。要するに、いずしから米を抜いたようなものだと思えばいいでしょう。
しかも今度は、市販品だったのです。
ということは、これまでの自作のものとは、広域性と規模が違います。
結果、「きりこみ」を食べた人達は110人、うち55人が発症し、そして1人が死亡するという、痛ましい集団ボツリヌス食中毒事件となりました。
これは、この当時までのボツリヌス食中毒においては史上最大規模だった、といってもいいでしょう。

しかし、飯田博士の声を聞いた北海道庁は、すでに抗毒素血清の製造を進めていたのです。
これによって、抗毒素血清は患者に配られて治療にあてられ、無事に治癒されるのでした。

その結果、重症者15名、中等症者26名が完治します。
これは我が国におけるボツリヌス中毒対策最大の転換期となります。

以後、いずしによる食中毒が発生した際には抗毒素血清が与えられるようになります。
その結果、これまで致死率が30%を超えていたボツリヌス食中毒が、3%へと激減するようになるのでした。

まとめ

今回は、前回の基礎知識に引き続いて、日本でのボツリヌス食中毒の歴史や、その歩みについてお話させていただきました。
どうでしょう、
結構興味深いドラマがそこにはあることがご理解いただきましたでしょうか。

なおボツリヌス菌のお話は、まだ実はしたりません。
他にも面白いネタがありますので、また機会があればしていきたいと思います。

以上、このように、このブログでは食品衛生の最新情報や知識は勿論、その世界で長年生きてきた身だから知っている業界の裏側についてもお話しています。
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