昨月9月頃から、九州、そして西日本を中心に今年は深刻な「トビイロウンカ」による稲作への被害が報じられています。
ですがこの「トビイロウンカ」、よくよく調べてみるとかなり奥深く、そして興味深い存在なのです。
そこで前々回、前回、そして今回と、三回にわたってこのトビイロウンカについてのお話をしていくとしましょう。

そして三回目の今回は「どうしてトビイロウンカは今年、ここまで増えてしまったのか」、その理由についてお話をしていきます。

 

改めまして、皆様こんにちは。
高薙食品衛生コンサルティング事務所です。
ここだけしか聞くことの出来ない神髄中の神髄、
「プロが本気で教える衛生管理」を、毎日皆様にお教えしています。

南京に降り注いだ悪夢

(こちらは三部構成の「第3編」目になりますので、もしこちらから来られた方は、まずは「第1編」「第2編」から順に読んでいってください。)

 

2006年8月30日、中国は長江を囲む、南京市。
平穏なその街に、それは突如として「降ってきた」。

そう、
飛んできた、というよりそれは、降ってきた、といったほうが相応しかったのだという。
あっという間に南京市の上空を染めたそれは、もはや「空襲」とすら言えるようなものだった。
結果、南京市の市内は、あっという間にそれに空から埋め尽くされるのだった。

それ、とは何か。
とんでもなくおびただしい量でせわしなく飛び回る、無数の小さな、虫。
南京の街は、そんな極小の虫がさながら海のように広がり、至るところに広がっていった。

いたる外灯に虫は集まり、たかり、そして激しく飛び回る。
もし人がその近くに近づこうものならば、あっという間に体に虫がまとわりつき、服や髪にももぐりこむ。やもすれば目や耳にも容赦なく入ってきかねない。
まるで、悪夢だ。
実際にそれを体験したという現地記者が、メディアのニュースでその惨劇を興奮気味に伝えていた。
後にそれは、さながら「虫のスコール」の様相であったという意味から、「虫雨」と呼ばれることになる…。


Record China

 

うぎゃあああーー!

もう想像しただけでも凄絶な光景です。
虫に触れるのが日常だというぼくでさえ、これはちょっと厳しいぞ。
浴びたくないなあ、「虫雨」だけは。

さて。
既に皆さんもお分かりのように、実はこの「虫雨」の正体は、トビイロウンカの大量飛来です。
2006年の夏。
なんでもこれは長江の下流域で異常増殖した結果に起きたものであり、しかもその一部は我が国の長崎県までも飛んできたという話です。

というのも実は近年、中国でのトビイロウンカの発生量が増えている、という話があります。
しかもどうやらその理由は、稲作の変化に関係しているようなのだとか。
これはどういうことなのでしょうか。


Record China

前回も書きましたが、中国南部の稲作というのは、一年で二回収穫を行う「二期作」が主流です。
つまり前半の早稲を、3月に田植えを行って7月に刈り取るのです。
この場合、東南アジアから5月くらいに中国に飛来したトビイロウンカは、収穫の季節である7月には稲という住み家を失って、いったん水田から出されることになります。
よってこの時期が日本への飛来が多くなるのですが、ちょっとそれはここではさておくとして。
ということは、5月から7月が中国でのウンカの最盛期となります。

 

しかし、近年。
中国では、そうではなく1年に一回収穫を行う「中稲」がかなり増えてきているというのです。
この中稲は、二期作より遅く6月に田植えを行い、9月に収穫が行われます。

するとどうなるか。
5月から6月に東南アジアから中国へと飛来したトビイロウンカは、まず若い稲に住みかを宿すことができる。
若い稲は柔らかくてフレッシュ。これからすくすく育つので、汁液も豊富。
しかも7月の刈り入れがないぶん、秋まで稲に宿ることができる。
ということは、その長期に渡るぶんだけ、卵を産み、それが育ち…と、世代数も当然増加することになります。
つまり、トビイロウンカの被害がそれだけ増加し、長引くことになります。
しかもそれが残っている二期作と合わさると、中国では5月から11月まで、ずうーっとトビイロウンカの繁殖がt継続されることにすらなるのです。

こうした稲作の作型の変化が、先のような「虫雨」の一因となったのではないか、という説がどうも有力なようなのです。
そして当然ですが、これが日本に影響しないわけがありません。
なにせ、日本へのトビイロウンカの供給源が増すわけなのだから、当然の帰結として飛来の被害が大きくなります。
こうしてトビイロウンカの増殖がしやすくなり、ある一定周期で発生するトビイロウンカの襲来がより激化する傾向が強まっている、というわけです。

イネウンカ類とは

さて、ここでちょっと一点、ご注意を。

ぼくは、これまでずうっと「トビイロウンカ」の話をしてきました。
というのも「トビイロウンカ」というのは、日本で問題になる「イネウンカ類」の代表種だからです。
「イネウンカ類」というのは、イネ以外では増殖できないウンカのことです。だからこそ、イネによる稲作を広く行っているこの東アジアの地域がその被害にあうのです。

実は山ほど種類がいるウンカの中でもイネを加害するウンカは、このごく限られた種しかいません。というか3種しかいないのです。
まずはダントツでトビイロウンカ、そしてこれに次いで次に問題になりやすいのが「セジロウンカ」、あとはせいぜい「ヒメトビウンカ」、以上この三種だけです。

ちなみにトビイロウンカは稲穂が出来た後に冒頭に触れたような「坪枯れ」を引き起こすので、「秋ウンカ」ともいわれています。
時々ネットニュースで「秋ウンカ」という呼称がなされているのを見かけますが、これはトビイロウンカの俗称です。


山口県

一方、「セジロウンカ」というのもいます。
実は東南アジア、そして中毒から日本、と飛んでくるのはトビイロウンカだけではありません。
その中には、このセジロウンカも含まれている、と言われています。
こちらは「秋ウンカ」とも呼ばれるトビイロウンカに対し、「夏ウンカ」という別名で呼ばれていたりもします。


病害虫・雑草の情報基地

残る一つの、「ヒメトビウンカ」。
これは長距離をあまり移動しない、とも言われています。
ただしヒメトビウンカの厄介なところは、イネに特殊なウイルス病を引き起こす、ということです。
つまり稲に病気を媒介するのが、このヒメトビウンカの特徴です。

以上、前回、そしてこれまでぼくが話題にしているのは、正確には「トビイロウンカ」のみならず、それをも含む「イネウンカ類」のことだと思ってください。
まあ、その多くがトビイロウンカのようですが。

ウンカとエルニーニョの奇妙な関係

さて、話を戻しましょう。
「イネウンカ類」…いや、もうここまでずっと話してきたのだから、これからも最後までトビイロウンカでいっちゃいますね。
まあそこには上のセジロウンカなども含まれているのだ、と理解して読み進めてください。

トビイロウンカが、中国での稲作の変化によって近年、増殖しやすい条件が揃いつつある、ということは判りました。
でも、だからといって毎年、トビイロウンカが爆発的に増加するわけではありません。
ある一定の周期があって、そして例えばそれが今年のようにそれが例年よりも激しいという「当たり年」が、たまにある。
では、一体それはどういう周期になっているのか。
それとも何か別の要因があるのだろうか。

さて、ここで面白い学説があります。
というのも、日本におけるイネウンカの大量発生には、「エルニーニョ現象」が発生した翌年である、ということです。

「エルニーニョ現象」というのは、熱帯太平洋における気候変動現象です。
数年に1度程度の周期で、春に発生し、晩秋から真冬にかけて最盛期をむかえ、そして1年かけてまた春に終息します。
この「エルニーニョ現象」が起こると、熱帯太平洋の東部、つまり日本側では海面水温が平年よりも高くなり、一方の西側では低くなります。
この東西の海面水温の変化によって、気候の変動がなされることになり、その結果、熱帯太平洋の東部、つまり日本側では「冷夏、暖冬」の傾向が広がります。


西日本新聞

さて面白いのは、ここから。
ウンカの大発生というのは、過去百年ほど、記録が残っています。
そしてそれらをさかのぼって調べていくと、なんと。
1929年以外は皆、トビイロウンカの大量発生はエルニーニョの翌年に起こっていたというのです。

つまり、
「エルニーニョが起きた翌年にトビイロウンカは爆発的に飛来するんだよ!」

「なんだってー!?」

 

どういうことだキバヤシ!
地球はやっぱり滅亡するのかー!?
(しません)

では、どうしてこんなことが起こっているのか。
ここでのポイントの一つは、エルニーニョが起こった翌年に、ウンカが大量発生する、という1年のズレがある、ということです。

まず、エルニーニョ現象とは、太平洋の赤道全域の大規模な現象です。
なので、これによってアジア全体の大きな降水量と気温の変化に影響を与えるものである、ということを、最初におさえておきましょう。

さて、トビイロウンカの出どころである東南アジアでは、エルニーニョによって気候変動がなされ、暖冬になります。
すると自ずと冬でもトビイロウンカの活動がしやすくなります。
また降水量も減少し、これがトビイロウンカの発生と移動に影響を与える。

そうして増加したトビイロウンカが、時間をかけて中国で増加し、そこで日本に飛来するトビイロウンカが激増するのだ、という。

うーん。
まあそんな単純なものでもないような気もしますが、でも面白いですね。
今年はどうなんでしょうか。
ここらへんはちょっと調べていきたいところでもあります。

今年日本で急増したトビイロウンカの被害

さて、今年の日本の状況に目を向けてみるとしましょう。

「坪枯れ」というのを知っていますか?
前回も冒頭の話題に出ましたね。

主に晩秋から秋にかけて、水田の中、ぽっかりとまるで穴でも空いたかのように、さながらクレーター状に枯れてしまうことが、ごくまれにある。
このような現象のことを、「坪枯れ」といいます。


JA com

この原因は、水田の中にトビイロウンカが急激に激増したことです。
トビイロウンカは一旦水田に侵入すると、それほど移動せず、密集して生息します。
そこで一斉に稲の茎から汁液を吸ってしまい、そのせいで局所的に、そして集中的に枯れてしまうのです。

しかも怖いのは、この現象がある日いきなり前触れもなく発生するのと、しかもこれが数日内にも水田内に飛び火し、それこそあっという間に広がっていく、ということです。
なぜなら稲の汁液を吸い切って枯れて餌を失ったトビイロウンカは、次に集団で別の稲へと住処を移してその稲の汁液を吸いまくるからです。
最悪、翌日に「坪枯れ」の大きさが5倍にまで拡大していた、ということもあったのだという話。

で。
現在、このような「坪枯れ」が、西日本のあちこちの水田で生じているというのです。
そう。
先月、9月の半ばくらいからでしょうか。
トビイロウンカが九州をはじめ大量に広がっていることがしばしば報じられています。

 

しかも今年これが大きく問題化されているのは、その範囲の広域化、です。
これまでもほぼ毎年、九州や四国などで被害が多発していたのだが、今年はさらにそれが本州に広がり、東海、近畿地方にまで大きな問題となっているということです。

 


病害虫・雑草の情報基地

なぜ今年トビイロウンカが増えたのか

これまでのお話から、このトビイロウンカが東南アジアで発生し、それが南西モンスーンによって中国に移ってそこで増加し、そしてさらにジェット気流にのって日本に飛んできていることがわかりました。
そして日本に侵入したトビイロウンカは、日本の水田で夏を経て、さらに増殖。
それが今このように大きな問題を起こすまでに至っているというわけです。

そこで日本国内でのトビイロウンカの増加具合を見てみましょう。

梅雨時期、6月あたりから日本に飛んできたトビイロウンカは、日本の水田に住みつき、卵を産みます。
トビイロウンカの生態サイクルはおよそ1ヶ月。
だから7月下旬頃にはそこから生まれた第1世代が育ちます。

翌月、稲も8月下旬から9月頃にはすくすく育って出穂の時期を迎えます。
その育ち盛りの時期に、トビイロウンカもさらに増えて、第2世代を迎えます。

そして丁度、稲が実って収穫の時期。
トビイロウンカはさらに増した第3世代、気候や気温次第では、やもすれば第4世代へと突入。
かくしてトビイロウンカは爆発的に増加し、ここで「坪枯れ」などの被害をもたらすことになるのです。


愛知県

では今年、ここ日本でトビイロウンカが増えた理由は、どんな理由があるのでしょうか。
幾つか有力的に考えられる要素の一つが、「梅雨の長引き」
そしてもう一つは、「猛暑」、そして秋にまで長く続いた「激しい残暑」です。

まず、梅雨が長いとその分、遅くまで季節風が吹くことになります。
その結果、中国からトビイロウンカがより長期間にわたって飛来することになります。

そして、この夏の猛暑。
そもそも熱帯の虫なので、猛暑は苦手ではありません。
しかし日本在住の虫や動物では、余りに暑くなると活動が鈍くなる、餌の捕食が活性化しなくなる、というものも結構多い。
かくして天敵の活動が衰えた。

しかも秋にまで長く続いた残暑。
これによってより活性化したトビイロウンカは、増加を激しく進め、このように問題になったのではないかと思います。

まとめ

以上、3回にわたって長編でお送りしたトビイロウンカのお話。
いかがだったでしょうか。
ぼく個人はこのところ、ずっと学説やら論文やらを読みふけってきたものの総括だったので、めっちゃ刺激的でした。

では最後にこれが、食品衛生にどう影響を与えているのか、どう理解すればいいか、について少しだけお話しておきましょう。

まずここ関東地方での食品(に限らず)工場における昆虫捕獲状況において、この秋にウンカの外部侵入数が多かった、というデータは届いていません。
西日本地方ではどうなのかはわかりませんが、少なくともこちら東日本への影響はかなり微小に近いものだと思います。
尤も、ぼくのデータは比較的都心部の工場が多く、地方工場がどうであるかはちょっと不明なのですが、それでもそんな話は余り聞いていないなあ、という実感です。

またこうした農業害虫の知識というのは、工場の防虫管理にも非常に役立つものです。
よってこの話もまたトビイロウンカだけだと思わないほうがいい、ということです。

一つ、具体的な例を考えてみましょう。
トビイロウンカは、6月に飛来し、最初のうちは少数でそれほど活動も見えないのだが、じっくり3ヶ月かけて9月に爆発的な増加と「坪枯れ」という目に見える被害を与える。
そうぼくはお話しました。
実はこれは工場内でも同じ話です。

例えば、こんな具合です。
6月の梅雨時期に、カビに少しだけチャタテムシが生息していた。
このチャタテムシは、7月、8月…とそのカビを放置すると、何世代かにわたって増加を繰り返します。
そうやって9月になって、あるときにドンと目に見えるような爆発的な増加をみせる。
そんなケースをぼくは山程見ているし、何なら先日そこに立ち会ったばかりです。
初夏に予兆はあった。それを放置した。対策をとらなかった。そうして水面下で増えて、虫の異物混入などといった、さながら「坪枯れ」のような目に見える問題へと、秋に発展する。
あるある、もいいところです。

おっと、そろそろ長文もほどほどにしておきましょう。
以上、このように、このブログでは食品衛生の最新情報や知識は勿論、その世界で長年生きてきた身だから知っている業界の裏側についてもお話しています。
明日のこの国の食品衛生のために、この身が少しでも役に立てれば幸いです。

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