昨月9月頃から、九州、そして西日本を中心に今年は深刻な「トビイロウンカ」による稲作への被害が報じられています。
ですがこの「トビイロウンカ」、よくよく調べてみるとかなり奥深く、そして興味深い存在なのです。
そこで今回から次回、そして次々回と、ウンカについてのお話をしていくとしましょう。

 

改めまして、皆様こんにちは。
高薙食品衛生コンサルティング事務所です。
ここだけしか聞くことの出来ない神髄中の神髄、
「プロが本気で教える衛生管理」を、毎日皆様にお教えしています。

「享保の飢饉」の原因は何か

(こちらは三部構成の「第1編」目になりますので、もし「第2編」「第3編」から来られた方は、まずはこちらから最初に、順に読んでいってください。)

さて、皆さん。
初っ端からいきなりですが、日本史の問題です。
皆さんは、「享保の飢饉」というのを覚えているでしょうか。
ではその「享保の飢饉」とは、どんな飢饉だったでしょうか。

中学のとき歴史で習ったけど、あんまり覚えていない。そういう人も多いのではないかと思います。
260年に渡って続いた、長き安泰な時代。
そんな、比較的安定した日本の江戸時代でしたが、しかしその間にはときに、そんな平和をも揺るがした幾つかの大飢饉がこの国に訪れたのです。
これらのうち、特に大きく悲惨を極めた、「享保」「天明」「天保」の飢饉を、一般的に「三大飢饉」といいます。
それらの中でも、短い期間の間にとんでもない死者を出した飢饉が、この「享保の飢饉」です。

 

享保の飢饉が起こったのは、享保17年。
つまり1732年、西日本を中心に、その地獄は突然にして舞い降ります。
しかもその被害は甚大にして、西日本に広く及ぶことになる。
結果、米の収穫は平年の1/3以下、下手をすると1/5にすらなってしまったというからその凄まじさが判るでしょう。

当然、こんな悲惨極まる地獄にいきなり突き落とされて、百姓たちは生きていけるわけがありません。
記録によって死者数は様々ですが、250万人以上の人たちが飢餓に苦しんだ。
そして実際にはこの大飢饉によって10万人近くの餓死者が出たという。
食べ物なきものは、草の根すら欲し、そこらじゅうに餓死者が溢れ出ていたということ。
しかもこれによって、公衆衛生が著しく悪化して、疫病が流行。それが、かの有名な「コレラ」でした。
これによっても人々は、バタバタと死んでいく。
まさに地獄絵図、修羅道。

 

確かに、規模や11万人といわれる死者数からすれば、「天明の飢饉」のほうが大きいかもしれない。
ですが、数年かかったともいわれる「天明の飢饉」に対し、「享保の飢饉」はたった1年ばかりで、このありさまです。

だって、考えてもみてください。
まだ情報が全く行きわたらず社会が狭い、そんな時代にですよ。
ほぼ西日本だけで、たった1年で、1O万人が餓死するんですよ!?
まさに、この世の地獄の様相が、突如として現実になった。

やむなく幕府は、被害の大きい西日本にむけて米を分け与えました。
しかしこれが米不足、そして5倍もの米価の高騰を産むことになります。
当時、米価といったら生活の中心。
当然のごとく、江戸にもその影響は大きくのしかかります。

これによって人々は幕府や高利貸からの借金返済で苦しめられることになります。
結果、江戸でも民衆による大きな反乱がおこりはじめます。いわゆる、「享保の打ちこわし」です。
かくして僅か1年少しの間に、世は乱れ、生きていけずやむなく盗賊に身を落とすものも増え、社会は混乱を極めていくのでした…。

 

…さて。
そろそろ皆さんも怪訝に思っていることでしょう。
なんでコイツはいきなり、のっけからこんな話をしているのだろう、と。

一つ、ここでヒントを出します。
この飢饉の中心地がどこだったのか、です。
先にも書きましたね、
この「享保の飢饉」は西日本を中心に起こった大飢饉である、と。

さあ、聡明な皆さんは、ここで「!!」となったのではないですか?
そうです、
今、この現代日本において西日本で起こっていること、それが、「トビイロウンカ」の大発生です。
そして。
実は江戸時代に起こったこの「享保の飢饉」もまた、「トビイロウンカ」によって起こされたものだったのです。
つまり「享保の飢饉」とは、日本の歴史のなかで記録してしっかり残っている「トビイロウンカ」の被害の、最もその最悪にして最大のものなのです。

日本の農史は、ウンカとの闘いだった

かの歴史で学んだ「享保の飢饉」というのは、実は今年ニュースでも報じられている、「トビイロウンカ」とかいう、耳なじみのないマニアックな虫によるものだった。


山口県

マジかよ!?
そうだったのかよ!?
そう思うかもしれません。
ですがちょっと考えれば当然あるように、実はこのことは、享保の飢饉のみに限ったことではありません。
つまりその、あんまり聞いたことのない「トビイロウンカ」が、実は日本人が古来より米を作り農業をかてに生きる上において、大きな関係性を持っていたという、事実。
まずはそれ自体が、衝撃的です。
だってこんなの、歴史でも理科でも、実社会ですらも学ばないよ!?
一般の人たちの数万倍は虫に関わっていきている、そんな虫の専門家であるぼくですら、そうなのです。
にも関わらず、ほとんどと言っていいほどに、知られていない。

例えば、残る三大飢饉のうちの一つ、「天保の飢饉」にも実はこの虫が関わっているともいわれています。
(となると、ちょっとだけ遠縁にもなるけれど、この飢饉をきっかけに大阪で起こった、かの「大塩平八郎の乱」もまた、「トビイロウンカ」が原因だ、と言えなくもないですね!)

そして。
当たり前ですが、今年のニュースや、あるいはこれらの江戸時代の二つの飢饉だけが「トビイロウンカ」によって行われてきたわけではありません。
そう、ぼくら日本人はこれまで「トビイロウンカ」と、ずうっと農業史のなかで、水田の中で、戦ってきたことだったのです。
そして、その拠点値が、九州や西日本だった。

1936年に書かれた、日本の農業史「日本凶荒史考」には、こうあります。
日本の農史において、様々な飢饉がこれまで何度となく繰り返されてきた。
そして、その理由は様々だ。
例えば、主に干ばつや洪水などの災害であり、また冷害だったり、病害だったり。
こうしたものは、日本の東側や北部でよく見ることができることだ。
(東北を中心とした、江戸三大基金の最後にして最大規模、「天明の飢饉」がまさにそうです)

そしてこれに対し、西日本、九州などの南部では、どんな理由が多いのか。
それは、虫による被害である、と。
そう、これが今回の主役、「トビイロウンカ」なのです。
ほとんど知られていないけれど、ぼくら日本人は有史以来、とくに西日本や南においては「トビイロウンカ」と戦いながら生きてきたのです。


boujo.net

九州から関西で大発生しているトビイロウンカ

さあ、ここで一旦、ぼくらが生きる現在に戻りましょう。

先月、9月の半ばくらいからでしょうか。
「トビイロウンカ」が、この10月にかけて西日本を中心に大量に広がっていることがしばしば報じられていました。

 

しかも今年これが大きく問題化されているのは、その範囲の広域化、です。
これまでもほぼ毎年、九州や四国などで被害が多発してはいたのだが、今しかし年はさらにそれが本州に広がり、東海、近畿地方にいたるまで、これまで以上に拡散しての大きな問題となっているということです。
結果、京都にも警戒が発令されたという。

 

そんなわけで、実をいうとぼくも少し前から、こうした報道を日々チェックしては、実はこの「トビイロウンカ」について陰ながら調べていたのです。
というのも、ぼくの専門である食品衛生においてはそれほど話題になることのない虫だったので、これまでそんなに深く追ってはこなかった。
ですが。
それらを調べていくうちに、先のような衝撃の事実や奥深さ、ドラマにすっかり魅せられてしまいました。
いやね、もうね。
これね、
はっきり言いますわ。

ウンカ、めっちゃヤバいやん!

さあ、それではそんなヤバい知られざる「トビイロウンカ」と日本の農業の漆黒史、
もう少しだけたどってみることにしましょう…。

「蝗」とは

「蝗害」ってご存じですか?
「蝗害」と書いて、「こうがい」と読みます。
で、この「蝗」という漢字は、現代国語では「いなご」と読みます。

ああ、バッタか。
はいはい。
今年世界のあちこちで、なんか問題になってるよね。
それそれ。
そうなんです。今年、新型コロナウイルスの裏で、アフリカや中東などでバッタの大量発生による広域被害が出ているニュースがしばしば報じられていましたね。
東アフリカで発生した「サバクトビバッタ」の大群が、紅海を超えてアラビア半島を覆いつくし、さらにペルシア湾をも超えて、アジアにまで飛来した、という。

これこそ、一般的な「蝗害」のイメージではないでしょうか。


日経ビジネス

さて、日本でこの「蝗害」の「蝗」とは何を意味するのでしょうか。
いや、「いなご」って読むって言っていたじゃん。
バッタに決まってるでしょ。
そう思うじゃないですか。

違うんです。

そもそもこの「蝗」は、元々は「イナムシ」と読んでいました。
「イナゴ」ではなく、「イナムシ」です。
その読み方の通り、「イナムシ」とは稲を害する虫のことです。
そう、コイツら↓。
この「蝗(イナムシ)」とは、ざっくり言えば主に「トビイロウンカ」を意味する言葉だったのです。

 

おっと、少しだけ注意しておきましょう。
そもそも「蝗」とは稲を害する虫、という意味であるため、必ずしも「トビイロウンカ」だけを単独で意味するものではなかったともいわれています。
ですから、広義の意味では、バッタをも含む農業害虫全般がこれを示すものでもあるのも確かです。
しかしながら、次第にその意味が主に「ウンカ」を示すものへと絞られていきます。

例えば、日本において「蝗」が最初に記録されたのは、8世紀の「続日本紀」です。
そこには701年、大きな「蝗(イナムシ)」、つまり害虫による大規模な蝗害が発生したことが書かれています。
しかしまだこの時代においては、この「蝗(イナムシ)」がウンカのことであることを示す事柄は、明確には書かれていません。
よってここではもう少し広く稲作を害する虫、という意味があった、とも想像できます。

しかしながら、農業技術が発達した近世日本、江戸時代などでは、多くの場合、これを「ウンカ」として扱うことが急激に増えてきます。
その最たるものが、先の飢饉でしょう。

大蔵永常により1826年に出された、「除蝗録」
まさにタイトルから、「蝗(イナムシ)」を「除」く「録」つまり著書であることが伝わるでしょう。
そしてそのとおり、ここにはなんと江戸時代最先端の「蝗(イナムシ)」=ウンカ駆除方法が書かれていた、というのです。
まさにタイトル通りの「除蝗録」。さながら「ウンカ駆除本」です。
そしてその駆除法が、いわゆる、「注油駆除法」というものでした。
田んぼに菜種油などを散布する。
こうすることで、稲についていた「蝗(イナムシ)」=ウンカが呼吸できなくなり、窒息死する。
そんな駆除方法です。
今からすればシンプル極まりない手法ですが、しかしその時代では画期的でした。
だからそれは、またたく間に広がった。

では、いつどこでそれが広がったのか。
そう、冒頭の「享保の飢饉」で苦しめられていた、西日本の農民たちです。
そこで我先にと、油を求めて一時期市場が油不足にすらなったといいます。
結果、この「注油駆除法」というウンカの駆除方法は、その飢饉をきっかけに広がり、やがて日本中に広まっていくようになったのです。

南風とともに訪れるトビイロウンカ

ことさように、トビイロウンカを調べていくと「へえ!」「おもしれえええええ!」の連続です。
事実、ぼくも今回これを書くにあたって調べるうちにのめりこんでしまい、コピーした論文を片手に何十回「や、やべえ…!」と口にしたことか。

とはいえ、字数もありますし、さすがにキリがない。
そこで、初回の最後のネタを振りたいと思います。

さあ、古来から米を作って生きてきた日本人にとっては、「蝗(イナムシ)」ことトビイロウンカとの稲をめぐる闘いが水田で繰り広げられていた。
ある一定周期に、何年に、あるいは何十年に一回、そんなトビイロウンカの大発生が起こる。
とくに西日本や九州地方に生きる人達は、そう思って生きてきた。

さて、ここで一つまた疑問が浮かびます。
どうして西日本や九州地方だったのでしょうか。
どうして東日本ではないのでしょうか。

日本史からの大きなヒントは、1840年の農業書「九州表防虫等聞合記」にあります。
ここにおいて、九州地方では南風が吹くことによって「蝗(イナムシ)」が多量に発生する、ということが書かれているのです。

いいですか、
江戸時代から、日本人は、とくに西日本に生きる人たちは悪夢のような経験からすでに「蝗(イナムシ)」がある一定の周期的に大量発生することを知っていた。
そしてそれが南風に関係していることも、知っていた。

おいおい、ちょっと待て。
これもまた、ちょっと面白いぞ!
つまり、江戸時代からすでに九州においては、南風によって「蝗(イナムシ)」こと「トビイロウンカ」が飛んでくることを知っていた、というわけです。
では、「トビイロウンカ」とはどこから飛んでくるのでしょうか。
次回からはその話をするとしましょう。

まとめ

今回は、現在九州や西日本で問題になっている「トビイロウンカ」について、実はそれが古来から日本の農業暗黒史を飾る害虫、「蝗」であることについてお話をしてきました。

いやお前、食品衛生の話じゃねーじゃねーかよ!
そう言いたくなる気持ちも判ります。
ですが、ちょっと待ってください。
まず第一に、これらを知ると、広く「害虫と産業」という関係性が見えてくるのです。
食品製造だって、産業です。農業だって、産業です。
防虫管理というのは、産業を、モノを作る上での害虫といかに戦うか、という意味でもあります。
そういう関係性が見えてくるという意味でも、これはある意味で食品衛生にも関わる問題なのです。

そしてもう一点。
マジでこれ、純粋に、めっちゃ面白くないですか?
やべ、虫、おもしれー!!!
ウンカ、すげー!!!
これ、寝れなくなるやつやん!!!
実はぼくは1ヶ月ほど前から本気でそう思って、学術文献や論文などを読み漁っているところです。
少しでもそんな面白さに触れていただけたら何よりです。

以上、このように、このブログでは食品衛生の最新情報や知識は勿論、その世界で長年生きてきた身だから知っている業界の裏側についてもお話しています。
明日のこの国の食品衛生のために、この身が少しでも役に立てれば幸いです。

■□貴方の工場・店舗で悩んではいませんか■□
・どうやって防虫管理・衛生管理をすればいいか判らない
・今やっている防虫管理・衛生管理が正しいか判らない
・何か問題が発生したときの対応が判らない
・取引先や保健所の査察が不安だ
・でも余りコストもかけられない
だったら貴方が防虫・衛生管理のプロになればいいのです!

高薙食品衛生コンサルティング事務所にようこそ
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